最近「スルースキル」という言葉を知りました。「スルースキル」とは、主に人間関係やストレスマネジメントの分野で使われる言葉です。この場合の「スルースキル」とは、「他人を無視する」ことや「無関心になる」ことではなく、自分にとっての不要な情報や、ネガティブな言動を適切に「回避」したり、「受け流す」力のことです。これは自分の心と時間を不要な消耗から守り、より豊かな人生を送るための手段です。
スポーツの世界でも「スルースキル」は、重要な役割を果たします。例えば、サッカーやバスケットボールなどの球技では、フェイントで相手を「回避」 し、一瞬の隙を突いてシュートやパスをすることで、得点へと結びつけます。
また、日本武道においては、単に力でぶつかり合うのではなく、相手の力を受け流すことで反撃のチャンスをつくります。つまり「回避」したり、「受け流す」ことは、ストレスマネジメントであれば感情を守るという目的、スポーツであれば勝負に勝つという目的があります。
ところで、サーフィンでは「ドルフィンスルー」というテクニックがあります。これは波に乗るために沖へ向かう動作の中で、非常に重要なスキルとなります。押し寄せる波のパワーを正面から受けてしまうと、なかなか沖に出ることができません。そこで、自分に向かってくる波の下を潜り抜けることで、その力を受け流しながら効率的に沖へ進む方法があり、上手くいくとスッと抜ける感覚があります。これがドルフィンスルーです。力任せの突破ではなく、消耗する体力と波の抵抗を最小限に抑え、目的のポイントへ向かうための技術となります。言い方を変えれば、波の一番パワーの少ないところ自分を「合わせる」という考え方もできます。
このサーフィンにおける「スルースキル」は、心理学的な「スルー」の概念や、球技スポーツの「スルー」の考え方とは異なる側面を持っています。
前述でのお話は、人間関係や競争相手など、対象が「人」でした。対象が「人」だと、相手の意図や動きを予測し、駆け引きをする対人戦略が核心にあります。
一方、サーフィンにおいては、対象が「自然の波」となります。波に「意思」はなく(たまに感じますが)、物理的な自然エネルギーの塊として存在します。そのため、波に逆らわず、あるいは波の力を利用しながら前に進み、波のリズムを体で理解します。これはサーフィン特有の「目的のために、無駄な労力を効率的に避け、自然のリズムを体に覚えさせる具体的な回避行動」です。人との駆け引きではなく、自然の摂理を理解し、それに調和することで目的を達成するスキルなのです。
では一体、「ドルフィンスルー」は日常のどのような場面で役に立つのでしょうか?「ドルフィンスルー」から学んだことは、まさに私たちの日常生活に潜む「見えない波」を、いかに回避し、チャンスに変えるかということだと思います。イライラを募らせ、不平不満を口にするだけでは、押し寄せる波に正面からぶつかるようなものです。例えば、予期せぬ交通機関のトラブルに直面したとき。駅で足止めを余儀なくされたら、本屋に立ち寄ることで、思わぬ知識の「波」と出会う。あるいは、交通渋滞に巻き込まれたら、ラジオを聴いて、思わぬ音楽の「波」と出会う。
重要なのは、不測の事態という「波」に抗うのではなく、その波間で「今できることは何か?」と自問自答し、ドルフィンスルーで波をくぐり抜けるように最適解を見出す姿勢です。この「ドルフィンスルー」の感覚こそ、軋轢やプレッシャー、そして予測不能な現代社会という「波」を、しなやかに回避するための処世術となるでしょう。