サーフィン

未来への挑戦

僕はサーフィンが大好きです。どれくらい好きかと言うと、朝から12時間以上海に入り浸ったり、平日の満員電車で場違いなビーチサンダルを睨まれながら千葉に向かったり、お金がないから学生のときに部活で使っていたアンダーアーマーみたいなやつをウェットスーツ代わりにしたり、台風の日連絡がつかず心配した親にパトカーを呼ばれ、警察官に「いい大人なんだから、親御さんに心配かけないの!」と本気で怒られるくらい、好きです。これらすべて30代での話です。

サーフィンとの出会いは、30歳の頃でした。仕事もうまくいかず、あらゆる物事が停滞し、どん底だった時期。気分転換に一度だけと、サーフボードを手に取り、海に向かいました。青空の下にその身を委ね、夢中で水をかき、何度も巻かれ、はじめて波の上に立った瞬間。これまでの苦悩が風にさらわれ、抱えている心配は砂にまぎれていきました。以来、サーフィンの虜となり、僕の心をゆらゆらとクラゲのように癒したり、太陽のようにギラギラさせてくれる、まるで恋人のような存在になりました。

これまでで僕が手に入れたのは、華麗なサーフテクニックではありません。年齢を重ねてからの、頭を捻り、遠回りし、無駄な失敗を繰り返した末にたどり着いたある意味での「諦める力」です。波は人間の都合ではやってきません。同じ波も二度と来ません。だからこそ、海と調和し、余計な力を抜いて「自然体」でいることが重要だと気づかされました。これは、幼少期からスポーツを叩き込まれたアスリートの身体感覚ではありません。泥臭くて、汗臭い、おっさんのわるあがきで得た収穫です。

いい波を追い求めれば求めるほど掴めず、視野が狭いととんでもないところまで流される。そんな失敗の連続から、人と競うのではなく、自分の基準で波乗りを楽しむようになりました。その一点においては、プロサーファーにも負けない自信があります。-「思うようにいかないことさえも楽しめる」
ーそれは、海からのかけがえのない贈り物でした。

30代前半までの僕は、ただ盲目的に波を追いかけるだけでした。そして37歳になる私は「サーフィンが与えてくれたことを活かして、人の役に立てること」に挑戦しています。具体的には、サーフィンを通じてお金を稼ぐことです。そのお金を社会貢献へとつなげて、さらに私を支えてくれた海に何かの形で恩返しをしたいと思っています。……….。そうなんです...。全然具体的じゃないんです。正直なところ、現状は全く上手くいっていません。

知り合いの草刈りを手伝ったり、電気の資格勉強をしてみたり、恋愛に振り回されたり…。せっかくサーフィンが教えてくれた「自然体」を日常で活かしきれず、学びと行動とが嚙み合わない日々が続いています。今やっていることがどうやって「サーフィンでの貢献」に結びつくのか、自分でもさっぱり見えていません。

ただ、初めて草刈り機を握ったとき、慣れない参考書を開いたとき、人とすれ違ったとき、どこかサーフィンと似た"手触り"を感じることがあります。それは、上手くいかないことへのもどかしさであり、不器用なりの試行錯誤の先にある、極めて微かな手応えでもあります。今はまだ、それぞれの点がバラバラに散らばっています。効率は悪く、頭も悪い。見ている方向すら違うかもしれない。でも、この「もがき」は、自分にとって必要不可欠な「パドリング」だと受けとめています。

サーフィンのプロセスは、課題解決と驚くほど共通しているのでは?その問いに対する行動指針を「風と波と潮」を便りに定めています。この先、人生のどこかで”BIG WAVE”が訪れるはずです。その大きな波にスッと乗るためには、今を楽しむことが大切なんじゃないかと思っています。挑戦への「答え」に届くまで、私はパドルし続けながら、サーフィンを愛し抜きたい。

本記事は、マイナビ×noteのコラボ企画「#未来に向けた挑戦」への応募作品として執筆したものです。

 

 

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