仕事が終わって家に帰っても、頭の中ではまだモヤモヤが続いている。
終わったはずのやりとりを何度も思い返し、明日の心配を繰り返す。そんな経験はないでしょうか。
現代人のストレスの多くは、出来事そのものだけでなく、その後も続く思考や感情の反復によって増幅されることが知られています。
私がサーフィンを始めた理由は、ストレス解消のためではありませんでした。
ただ純粋に、波に乗ってみたかったのです。
しかし続けているうちに、ある変化に気づきました。
海から上がると、頭の中が不思議なほどリフレッシュする。
なぜそう感じるのでしょうか。
実は近年、運動科学、心理学、環境心理学などの分野で、「なぜ自然の中で身体を動かす活動が心に良い影響を与えるのか」が少しずつ明らかになってきています。
ただし重要なのは、サーフィンそのものの効果については、まだ研究途上の部分も少なくないということです。
そこでここでは、
「比較的エビデンスが蓄積されている知見」と「今後の研究が期待される仮説的な知見」
を分けながら整理してみたいと思います。
そもそもストレスとは何かを考えてみます。
心理学では、ストレスは単なる嫌な出来事を意味する言葉ではありません。
一般的には、外部からの刺激(ストレッサー)に対して心身が示す反応を含めて捉えられています。
同じ出来事でも、人によって受け止め方が異なるのはそのためです。
つまりストレス対策とは、ストレッサーを完全になくすことではなく、自分の反応を整える方法を増やしていくことでもあります。
サーフィンには、その助けになり得る要素が複数含まれています。
エビデンスが比較的強い理由
理由① 運動そのものがストレス軽減に役立つ
最も確かな理由はこれです。
定期的な運動がストレスの軽減、不安症状の改善、気分の向上、睡眠の質の改善に役立つことは、多くの研究によって支持されています。
サーフィンはパドリングやテイクオフなど全身を使う運動です。
そのため、ストレス軽減効果の一部は、サーフィン特有のものというよりも、運動全般が持つ効果によって説明できると考えられます。
科学的に最も確実性が高いのは、この運動効果です。
理由② 自然環境への接触が心の回復を助ける
近年、自然環境と精神健康の関係についても研究が進んでいます。
森林、公園、海辺などの自然環境で過ごす時間は、ストレス感の軽減や気分改善と関連することが多くの研究で報告されています。
でも、なぜそうなるのかについては完全には解明されていません。
しかし、
都市環境より感覚刺激が穏やかであること
注意力の回復を促すこと
心理的な開放感を生みやすいこと
などが関係していると考えられています。
サーフィンは自然環境の中で行う活動であり、この恩恵を受けやすい特徴があります。
理由③ 自己効力感を高めやすい
心理学者のアルバート・バンデューラは、「自分にはできる」という感覚を自己効力感と呼びました。
自己効力感が高い人ほど、ストレス状況に柔軟に対応しやすいことが知られています。
サーフィンは失敗が多いスポーツです。
しかし同時に、
波をつかまえられた
長く乗れた
新しい技術ができた
といった小さな成功体験も積み重なります。
こうした経験が自己効力感を育み、結果としてストレスへの耐性向上につながる可能性があります。
理由④ 「受け入れる力」を育てる
サーフィンでは自然をコントロールできません。
波も風も潮も、自分の都合では変わりません。
さらに、同じポイントであっても波は毎回異なります。
昨日うまくいった方法が今日は通用しないことも珍しくありません。
そのため、自分が変えられる部分に集中し、変えられない部分を受け入れる姿勢が自然と求められます。
この考え方は、近年の心理療法で重視される「受容(Acceptance)」とも共通しています。
もちろんサーフィンをすれば自動的に受容能力が高まるとは言えません。
しかし、自然と向き合う体験は、その感覚を学ぶ機会になり得ると考えられます。
ここからは興味深い仮説や研究が存在するものの、現時点ではまだ確立した結論とは言えない領域です。
これからの研究に期待される理由
理由⑤ 「マインドフルネス状態」に近い体験を生みやすい可能性
サーフィン中は波や身体感覚への集中が求められます。
そのため結果として、
「今この瞬間に注意を向ける」
というマインドフルネスと共通した状態が生まれやすい可能性があります。
マインドフルネス実践がストレス軽減に役立つことは多くの研究で支持されています。
一方で、サーフィンがマインドフルネスと同等の効果を持つことは、まだ十分には証明されていません。
現時点では、「サーフィンにはマインドフルネスに似た心理状態を生み出す可能性がある」と理解するのが妥当でしょう。
理由⑥ 「ブルーマインド」という興味深い仮説
海の近くにいると落ち着く。
そう感じる人は少なくありません。
この現象を説明する概念として、海洋生物学者のウォレス・J・ニコルズは「ブルーマインド」を提唱しました。
これは、水辺にいることで心が穏やかになり、幸福感や創造性が高まりやすい状態を指します。
非常に魅力的な考え方ですが、現時点では学術的に完全に確立した理論ではありません。
また、
海が脳の特定ネットワークを鎮める
波の音の1/fゆらぎがストレスを軽減する
といった説明も研究段階にあります。
今後さらに研究が進めば、海が人の心に与える影響について、より詳しい仕組みが明らかになるかもしれません。
まとめ
現時点の科学的知見から言える、サーフィンのストレス軽減効果は、
運動
自然環境への接触
自己効力感
受容的な姿勢の学習
といった、比較的エビデンスの蓄積された要素によって説明できる可能性が高いということです。
一方で、
マインドフルネスとの関係
ブルーマインド
脳活動への影響
については、興味深い研究が進んでいるものの、まだ発展途上の領域です。
だからこそ面白いとも言えます。
サーフィンは万能な治療法ではありません。しかし、心身の健康に関わる複数の要素を同時に体験できる、非常にユニークな活動です。
科学はまだその全てを説明できていませんが、それでも、海から上がったときに感じるあの心理的効果は、確かに研究する価値がある――そんなことは言えるのではないでしょうか。
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