
しだれ桜が綺麗な季節です。
ジョージ・ワシントンは父親の大切にしていた桜の木を誤って切り倒してしまった際、正直にそのことを告白したところ、逆に褒められたという話があります。これは寓話か実話か定かではありませんが、「正直であることの大切さ」を伝えるエピソードとして印象的です。
しかし、社会生活の中では、誤って木を切ったことを告げて、褒められることはありません。「正直者がバカを見る」という言葉がある通り、正直さが裏目に出る場面は誰しも一度は経験しているはずです。自分を守るためにずる賢く立ち回ったり、嘘をついて誤魔化したりしなければ生きていけない状況もあります。世間を見渡せば、正直者ほど搾取されているようにさえ思えます。「正直さ」には、向かい風が強く吹きつけ、メリットはほとんどないのが現実です。
それでも私には、正直になってよかったことが一つだけあります。それは、「サーフィンをやってみようかな」という、あのときの自分の気持ちに素直に従ったことです。初めてのサーフィンは、波に乗るというよりも、サーフボードの上で1人で暴れているような状態でした。しかし、無我夢中で波を追いかけ、ついに乗れたときの浮遊感は、今でも鮮明に覚えています。あの日、サーフィンを始めていなければ、ひねくれた考え方から抜け出せずに、鬱屈していたことでしょう。
この体験から私が伝えたいのは、「正直さ」を発揮させる対象は、他人や世間ではなく、自分自身であるべきだということです。自分の中に小さく芽生えた興味に水をあたえていくことです。たとえその先で、迷いや不安、痛みや困難が訪れたとしても。さくらが風に乗って流れ舞い、波が岸へと流れ漂うように、涙に流れゆく「正直さ」もまた、思いがけない場所へと運ばれていくのだと思います。